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個展「たおれた花器の水面下ではもう一度同じ花が水を吸い上げている」開催のおしらせ

「たおれた花器の水面下ではもう一度同じ花が水を吸い上げている」

会期: 2013年9月21日(土)〜9月29日(日) 12:00〜19:00  会期中無休
★21日18:00〜 オープニングパーティ
会場:実家JIKKA
〒101-0021 東京都千代田区外神田3-6-14 深野ビル1F
アクセス:東京メトロ銀座線末広町駅3番出口より徒歩2分、千代田線湯島駅より徒歩5分、JR秋葉原駅より徒歩7分
https://www.facebook.com/events/1402751499953180/




このたび齋藤春佳は、2013年9月21日から29日の期間、実家JIKKAにおいて、個展「たおれた花器の水面下ではもう一度同じ花が水を吸い上げている」を開催致します。

時間を巻き戻すことが出来ないように、一度たおれた花器からこぼれた水は元に戻りません。
地面に枯れおちた花も、元に戻りません。
それは重力によって形作られている物々の運動の有様です。
すべては常に地球の引力によって地面に引き寄せられて落下し続けています。

しかし、実際には、重力による物体の落下運動は相対的なものです。
エレベーターのワイヤーが切れたとします。
エレベーターは落下し続け、エレベーターの中は無重力と同じ状態になります。
そのエレベーターの中で、人が手に持った花を落とした場合、
エレベーターの中の人にとってその花は空中で静止したままです。
けれど、外から見るとエレベーターごとその人も花も落下している。
けれど、エレベーターの中の人にとってその花は落下していない。
つまり、落下運動は「知覚する主体(私)に比べての落下」でしかありません。
別の地面にいる主体にとってはそれが落下ではないということはありうることです。

別の地面を想定することは別の時間を想定することです。
時間を巻き戻すことも、たおれた花を再生することもできないけれど、
たおれた花を、花器の水面に生けるように、空間から消えた過去の光景を、思い出して描くことは出来ます。
ただ、同じ種類の花が、同じ花ではないように、過去の光景と、光景の記憶と、記憶から描かれたドローイングは、別物です。
そして、花を支える花器がいつかたおれるように、記憶を持つ主体もいつか消えます。
でも、それも「知覚する主体にとっての消滅」でしかないのではないでしょうか。

今回実家JIKKAでは、重力で形作られる天秤構造を用いた作品が展示されます。
すべての主体は自分の体が持つ知覚様式による一つの水平線しか見ることは出来ません。
けれど、主体が立つ地面以外の地面や水面が上下し、現れることによって、全部が地面に落ちきって消えたらそれで終わり、だけではない別の時間の構造に触れることが出来るのではないでしょうか。地中や水面下はまっくらなのではなく、私たちが日常の中で用いている視覚とは別の見え方があるのではないかと、空間が思うのです。


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3331やTWS本郷も徒歩圏内の会場となっております。
21日にはオープニングパーティがございます。
ぜひおこしくださいませ。
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