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屋久島白川へいって、考えたこと、部分。

屋久島の白川という集落でおこなわれていた、(いる?)
手塚太加丸くんによる「しらこがえりプロジェクト」に
私は7月11日〜18日の間いってきました。
その期間に関してのテキストになります。
手塚太加丸君は、8月のグループ展「乱反射」で一緒に展示をしてくれた、屋久島出身で沖縄在住の作家です。


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「昨日は…はちみつをとりに…」
「今日は…うなぎをとりに…」
屋久島になぜ来たの?と聞かれた3日目の夜のともちゃんと私の返答。無目的である。

私はたかまるくんとも、一緒に行ったともちゃんとも、4月にゲストハウスで会うまで会ったこともなかった。
夏にタカマル君が自分の出身の集落でプロジェクトをするをいうことを聞いて、
屋久島行ったことないからいきたいな、という好奇心と、
ともちゃんと、結構その時沢山話せたのと、
えっほんとうにいくの?あっでも、本当に今しかこんなタイミングはないね、
と、流れにふわっと乗った感じで
行った。
だから、タカマル君の故郷が白川じゃなくてチェンマイとかでも、私たちは行ったかもしれない。

そんな、言ってしまえばほぼ他人の(私もともちゃんもタカマル君とはそれまで2回しか会っていない)私たちを、普通に受け入れてくれた、タカマル君はもちろんのこと、タカマル君のお父さんお母さん、そして、白川の人達に本当に感謝しています。それとともに、後から、驚いている。優しすぎる。
タカマル君の家というのはどういう所かも知らずに訪れたので、
そして、それが、自分の考えていた「家」の概念を超えていたのでびっくりした。

毎日かまどで火を焚いたり、川に沈んで死ぬのかと思ったり、看板作ったり、猫にお弁当食べられちゃったり、犬とヒルにかまれて血まみれになったり、うなぎとりをしかけたり、月が海に沈むの見ながらポタポタ話したり、お祭りで漁船に乗ったり、蜂蜜とりから蜂の大自殺までの流れ目撃したり、印象的なできごとは枚挙にいとまがなく、書き残したことも沢山あるのですが、
感想として強く思ったこと、一部分に対しての日記と考え事、載せます。



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白川に到着して4日目の朝。7月14日、日曜日。
屋根で起床。
前日は屋根で星を見ながらそのまま寝た。
朝6時から草刈り。白川の道を、白川の人達で一斉にきれいにする。
本当は朝5時からうなぎが仕掛けにかかっているかどうか見に行く予定だったが、私もともちゃんもおきず。タカマルくんが見に行ってくれていた。とれず。

草刈りはじわじわ進む。
「じわじわすすむねー。」といいながら。じわじわしかすすまないのであった。

草を切り、抜きまくりながら
あぶを含め(たかまるくんをはじめとしたあぶ名人達の指導のもと、アブにさされたりした憎しみも辛み、アブを叩き潰すことができるようになっていた)
かじかも(前日のうなぎの餌のために、釣って釣り針の形に沿わせて串刺しにした)
その餌のちぎったミミズも
私のこぼした蜂蜜に溺れたアリも
この草も
白川にきてから、私は自分の手でいくつの命を絶っただろうか、と思いつつ、切ったり抜いたりする。

でもそれは、
目の前で、自分の手で殺したり死なせたりをおこなっているというだけで
普段は何も殺していないわけではなくて
それが、別の形で、もしくは遠くで行われているんだろう。
別の形というのは、パックのお肉もそうだし
虫が住めない環境になっていることによって虫をつぶさなくて済むとか
草が生えない環境になっていることによって草を刈らないで済むとか
そういうことも含む。
既に見えない手の届かない遠くであらかじめ死なせている。

思ったのは
その、手の届かない遠くでだけ、お肉にしたり、
目の届かない遠くから既にその環境が作られている状態の中では
自分の手が届かなくなっていって、自分一人の力ではどうこうできない、効き目のないことしかできない気がしてくる。
例えば、洗剤を沢山流しても流さなくても変わらない。
1人、自分がどうこうした所で効き目がない、変えられない気がするのだ。
それが、更に重なっていって、集まっていって、
ひとりひとりが自分の行為がどこにつながるかということが薄まって
そうすると、場所も汚れるし、それでさらに個人ではどうこうできないと感じる。
行為と、場所の関係が断たれていく。んじゃないかな。

けど、川の水をそのまま上流からひいてきていて蛇口から出ているなら
川の透明な水で泳ぐなら
例えば、強い洗剤は、そこには、普通に、流す気には、ならない。
自分の行為がどこにつながるか、というのが、見える範囲だから。

手の届く範囲、見える範囲で物事を行っていくというのは
ミニマルな感じ、小さなかわいい暮らし、
もしくは、閉じられた暮らし、
みたいな感じのちまちました印象を感じるけれど
実際は
その手の、目の、届く範囲というのが、白川の人達は、実際にも、意識としても、超広い。
わたしのそれまでの概念では想像が及ばない所まで、自分の手の届く範囲が広がっている。
家も自分でつくるし
鹿もわなで捕まえてさばくし
はちみつもとるし
火も拾ってきた薪でおこすし
人間関係も。
うまくかけないけれど、あたりまえに、手が、届きあっている。

あと、家が外と中がツーツーなのがすごすぎてびっくりした。
猫と犬のいききや
家の中にあるはずの風呂が外の木々の中にあることや
概念的にも、ツーツーで、3日に1回は家族以外の人が夕飯食べてるし
手が届く範囲というか、自身の範囲が、すごく、広くまである。
身内の範囲が、家の外まで及んでいる。人や環境と及ぼしあっている。
でも、だからこそ、個人が、個人個人としてあって
その、家のあり方は
タカマル君自身や、巣のコンセプトにあらかじめ感じていたムードとも重なった。


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草刈りが一段落して白川の皆さんと、お茶やお茶請けをもらう。
14日は参議院選挙投票日を控えていたため白川では三宅洋平の話をけっこうしていた。
私個人は彼の考えはすごく共感できるので
期日前投票においては、彼に投票しようかな、と思ったのだけれど、
これ以上ちからを持たれると怖い政党に、対抗することができなさそう、効かなさそう…私1人の一票は、届かない、と思っていたのだ。それで、三宅洋平には投票しなかった。でも、白川に行った後だったらまた、考えが違ったかもしれない、と少し思った。
もちろん、白川のなかにも色んな考えの人が居るから、わからないけれど
三宅洋平を応援している人がかなり多くて、それって、自分の一票の効き目を信じるってことで
手の届く範囲というものへの意識として、
自分のすることが遠くに対しても効く、っていう、白川の環境とか暮らしとかのやり取りとも通じるなあと、そういう風に考えた。
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その次の日の夜、月が海に沈む瞬間を見た。
そういうものは、概念的には知っていたけれど、実際に見たことはなかった。
自分の目が手が、とどく範囲のことというのは本当に少しで、毎日起きていることですら、見たことがなかったりする。
本当は近くの物をよく見ることや知覚の物にしっかり触れること、それしかできない。それすら、もしかしたらしきれない。
そして、
だけど
その近くの範囲というのは、狭いようでいて、広げることができるということを、白川で感じた。
限定された時間の枠を超えたり、距離の枠を超えたり、自分の手で出来る範囲のことを広げることで、
遠くにある物を近くにすることは、出来ないことではない。
そして本当に白川全ての中のエッセンス、すこしだけだけれど、
ほんとうにたくさんのものごとを、手に目に触れさせてもらった夏だった。
沈む月、鹿肉、拾った木でかまどといろりでおこす火、猫だらけ、川に沈む、漁船に乗る、蜂蜜とり、屋根の上の星、裸で森で風呂。


”制作を、生活と結びつきとして、こうして、実践したんです”
白川へ移住した経緯を話してくれている時に、たしか、こういうふうに、お父さんが言っていて。それがとても心に刺さった。
太加丸君のお父さんとお母さんは菊畑茂久馬に師事して、創作活動をしていたとのこと。そして、結婚して、子供が生まれて、白川へ移住した。その後生まれたのが太加丸君。
どういう風に生きていくか、ということは、作品よりも大切というよりも、作品はそういうことをひっくるめた所にしか出てこないから
私は、私も、これからどこでどういう風に、作家として、人として、生きていくんだろう、って思った。
本当にはどこだって生きていけるし、何の理由も本当はいらない。
自分は、どこまで見たいんだろうと思っている。
何を自分の目で見て、自分の手で、どこまで触れたいだろう。
今自分は東京に居住地を移そうと考えているんだけれど。
そこで手の届く範囲にしたい物は何だろう。
まだ全然答えは出ていないけれど、この夏、白川滞在後にしたゲストハウスでのレジデンスの中でも、ずっと、そのことを、考えていた。
長野に帰ってきた今も考えている。
考えているし、屋久島で見て、肌で感じることができたことを、わからなさも含めてひきつれたまま、色んなことをやりたい、そして選択していきたいと感じている。


「たかまるは、白川イコール命でつながっているから」
と、お父さんから聞いた次の日の朝、川の岩場をちょっと考え難い早さでぴょんぴょんとんでいくタカマル君を見ながら、その言葉が思い起こされて、なんか、うわーほんとだ、と、ひとりでちょっと泣きそうになった。
何を近くにするか、手の届く範囲にするか、というのは、何と命でつながっていくか、みたいなことにたいしての選択かもしれない。
「おれは屋久島に居るからそれで毎日しあわせだな」って帰る前日にそうたさんが言っていたのも心に残った。そして、そうだろう、と思ったことも。


自分は過渡期の中にあって、
そこで、屋久島の、移住で出来た白川、そこに住もうと意志した人達で出来た場所に、行かせてもらって本当によかった。
本当に、何について考えようとか、何を見に行こうとか、どこいいこうとか、白川自体がどういう所かも知らず、何にも考えずに行ったのに(無目的…!)
おもいがけず、暮らしについてや、自分の制作していく上での生き方について、考えるきっかけというか、
きっかけどころではなく、からだに直接どばどば流れ込んできた夏だった。
一緒に過ごしてくれたともちゃんにも、白川の人達全員にも、本当に感謝しています。このことがあったから、最高の夏になったし、たった8日間だけれど、ものすごく影響を受けた。忘れたくない。これから生きていく上でのことに、響いていってしまうし、いかせたいとかんがえている。
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