プレスリリースをリリリースっす

わかりづらい文章を、また、かきなおしています

トーキョーワンダーウォール都庁2011
齋藤春佳 個展 Haruka SAITO solo exhibition
「 宝 石 と 眼 球 が 地 中 で 出 会 っ て も ま っ く ら 」
展示期間:2012年4月6日(金)~26日(木)
開場時間:9:00~17:30(※土・日・祝日は休場)
展示会場:東京都庁第一本庁舎3階と都議会議事堂を結ぶ南側空中歩廊
    (EまたはFのエレベータをお使いください。)
オープニングトーク:4月6日(金)17:30~18:30

☆オープニングトークでは、展示全体の趣旨に加え、ひとつひとつの作品について、制作前、間、後、考えたこと、考えていること、をお話します。来場してくださった方々が楽しめる場にできるように、やりたいと思っています。よろしくお願いいたします。

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「 宝石と眼球が地中で出会ってもまっくら」という展覧会です。
 まっくら=見えない=無ではないし、見えたからといって役に立つわけではないです。
 けれども本展では、トーキョーワンダーウォール2011受賞作品をはじめとした、齋藤春佳による新作平面作品が発表されます。
 そして会場は地上で人がする活動のうちの「絵を見る」という限定的な行為がおこる場となります。

 絵は静止しています。
 しかし絵に描かれた滴りは静止しているにも拘らず、人がそれを見ることによって、人の脳みその中では物体が滴る運動を見た時に反応する脳の部分と同じ部分が反応します。
 つまりイメージの中ではありますが、静止した絵に描かれた滴りは、見ることによって滴ります。
 見ていない時、描かれた滴りは静止した平面です。

 見る行為には時間が伴います。
 一瞬だったとしても、実際は、光が網膜に届いてから脳みそまでいって情報が処理されて「見る」ということが起こるまでの時間が見る行為には伴っています。

 そうして人が壁にかかった絵を見る時、絵と見る人は、動く地球の地面に重力を受けつつ存在しています。その時、絵も見る人も、フラットな地面(宇宙から見ると球ですが)に対して垂直、立体的です。
 また、絵はフラットな平面です。絵の中にはいわゆる空間に見えるような状況が描いてありますが、絵はフラットな画面です。

 受賞作品タイトルには「すべてが地にかえった時全くの静的平衡が訪れるとして、それ以前を継続(物体は立体、液体はすべてしみこむ)」とあります。
 これは、重力によってすべてが地面に落ちきって地面が完全にフラットな世界になった時、空間に全くの静的平衡(すべての物体の加速度がゼロでなおかつ静止している状態)が訪れるとして、その時以前 ≒ 死以前 ≒ 生きてる ≒ 時間流れてる ≒ 重力により運動している ≒ 地上(水上)≒ 見える状態 を、今は確かに継続しているということを示唆しています。
 この今というのは、その絵と見ている人にとって、見ている行為と時間の最中のことです。
 見ることは見たことに移り変わり続けます。見ている次の瞬間は見ているかわかりません。人は、見る行為の連続によってのみ、地面、もしくは海面の上で、見えなくなる以前の今にいることを認識できます。
 見ている時は生きています、という当たり前のことですが、それを視覚によって知覚できる場が、人が見ていない時は無く、人が見る時だけ発生する事態によって、地上三階都庁廊下に現れます。
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