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(11/28編集) 延長コードじゃなくてへびがからまっているのをほどいていた、と、消防署の前で思い出して思う 

延長コードじゃなくてへびがからまっているのをほどいていた、と、消防署の前で思い出して思う
のと一緒に思う


前の日に夜7時、帰り道、はためく「火の用心」の旗見て
変なフレーズだなあ、火に用心、ではないんだもの、火に用心だと、ちょっと、火が、客体化されてる。火の用心だと、火を使う私と、私に使われる火が、相互に行き来する、用心する私だけじゃなくて、火自ら用心するような、火にまつわることぜんぶの用心
(私が 火に用心)
(私が 火の用心)←ちょっとへん、主体がつくとちょっと変(火に、のほうが違和感がない程度にだけど)
誰か特定の人が用心するものではなくて、使う人も使わなくても起こる火もすべてに火の用心をすべてのひとがする
それを、ひのようじん、かんかんって
空間に音声としてひびかせてあるくんだもんなー、おもしろそう、これで詰めてどこかの大学の卒論かけそう
など
ほんわりすぎることを考えて(読み返すと文法のくだり結構破綻している)、そこを通ったことを、遠いけど、近いなあ、昨日帰宅から九時間も寝ちゃって、だからあれから起きていたのは3時間だけだもん、思い出しながら


思い出しながら思う

前日の朝作業の掃除機がけでリール式延長コードがからまりにからまって大変苦労したタイムロスを思い出して、きょうも掃除機がけだったとしたら、きをつけよう、けしてからまぬようにするだけでかなりらく
ほどくまでひゅんひゅん、10分はかかった。
もしあれが、もし
あれが、蛇が絡まっているのをほどいていたんだとしたら
電気帯びていて黄緑の蛇、空間、床めぐるうちにからまってしまった
でも、だとしたら、蛇だと思って扱っていたとしたら、あのほどく力の入れ方とスピードは、ありえないなあ、骨折れちゃう、扱いが気持ちで変わる


などとチャリこぎ。
道中で手袋はずして、ヴィックスなめる。手袋する。朝6時55分。
マスクしているとやっぱり冷たい風にも苦しくなんない。


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最近は新しいバイトがかなり時間と体力を持っていっていて、
やりたいことが半分もできていない毎日。
休みの日は東京に行かなければいけない率も高いし
だから、本当の休み、休みの日は忙しく楽しい。からそれがうれしんだけど。
で、制作を優先させてると、あと日記かいてると、あとツイッターきがるにやってると
なかなかブログまでたどり着かないでいました。

夏や秋への告知のまんまだったので、もう、その未来も過去になって、
その出来事たちも書かないで冬なんだけれど。
かきたいことあふれすぎてくだらないことの細部ばかり膨らみます
ん、そもそものかきたいことが、くだらないことなんだけど。
くだらないことがすばらしいとはかぎんないけど
すばらしくないくだらないことも、くだらないすばらしいこともいっぱいある、それを見れるせかいに生きています、毎日を迎えて過ごして忘れて思い出しています、机の上に、からしチューブがだしっぱ

冷蔵庫に入れてきた

すばらしいくだらないこと
そういうのばっかり大事すぎて全然捨てらんないけど、どんどんそれは自動的に忘れていく
けど、忘れていたことも思い出せる、
生命線見て、あ、やばいねって伸ばしてあげたら伸びて大爆笑、
手品ごっこで本当にトランプそろっちゃうの目撃、
恐竜の赤ちゃんみたいなおじさんのまねと夜中のドライブ、
たぬきがたぬき飛び越える、
デニーズへ向かう車が縁石でバウンド、マリオカートみたい、
暗くて何も見えないところ6歩ほど走って変な顔になる、
「ありとスイートポテト」、
パプリカにご飯がつまったやつ、
下校のトンネルの中で目がオレンジ色にきらっと光っていたこと、
東京タワーから見たらビルたちが肉感的だった、
アルプスの上のベンチで人が歌うたってくれた、
スターウォーズ見て豚をなでていた、
授業中視界がほぼ真っ白になった四月、
「こんなとこでなにしてるの?」「…話している…」、
帽子を投げて頭で受け取るのに体びよーん、
忍者みたいにしゅたってやってくれる、
桜ジャム作る、
桜凄い前でチップスター交互に食べながら号泣、
ユーミン歌いながら窓のガムテ剥がす、
剥いたりんごの皮食べるとおいしい、
剥いたりんごの皮もう食べれないので床に落とす、
全部前後、出来事の、前、後
震災の前と後でもある。
震災以前と以後は、もう、絶対的な分断があるけど
それら前後してしまう、混ざり合うことも、可能なほど、やはり、日常を、生きてしまえている。
楽しく。
他にも出来事は、私を分断し続けて、色んな前と後があって
今から見ると全部過去だから
そう思えば混乱しなさそうだけど
未来も過去も下手したら混ざりそうな気がしています、最近

未来に完成する絵を描いている、そのものは過去なのか、
未来からの要請でそれをかいている現在なのか
未来からの要請でかいた過去なのか
描いた過去から決められていく未来なのか
あらかじめ要請されるものや決められているものなんて無いのか
全部自由意志ではありえない
(既にキャンバスと絵の具)(死ぬあたし)
それを描く瞬間は、いつも、なにがおこっているのか、最近捉えられない。
かけてる時間が少ないのかな、
結構、んー、わっかんないこれ、すっごいなんか!と思いながらかいてる、最初にきっかけになった言葉たち以外、言語化できてない。超徐々。
おもしろいけど。
もっと、つめたいな。
製作しまくりたいな。



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すばらしいくだらないことのはなし
すばらしいくだらないことと
大事なゴミ、は多分自分の凄い大事なキーワードなんだなーとおもう
大事なゴミ、はすごくいいけど、ゴミみたいな大事なもの、は、困る状態だね、と、この前電話で話した。


くだらないことがほんとに素晴らしいことなんだっていうことに
ものすごく気づけたのは、8月の「アートが山をのぼること」での生活を通してだと思います。
あと、気づいたのは、まだ、子供なんだったということ。
自分たちだけではぜんぜんできなかった、
ひとに守られて助けられて、実現した色んなことだった。
人に感謝するきもちが、心の中からとても生まれたのが、ほんとによかった。
反面自分の頑固さや横柄さも、すごい、ひっしひし感じた。
意地悪さや、他の人の素敵さ、だめさ、自分が何をだめだと思うか、何をいやだと思うか、何を許せないか、そしてそれは実は大体すべて自分のこととしてもいえること。これらは後々思った。当時はわがままに頑固に横柄に、していました。
でも、よかったなあ、想像していたよりも遥かにハードで、遥かによかった。
制作が、もっともっとおかしいくらいできたらよかったけど、できるだけまともに生活した、生活のほうが強かった気がしている、ん、わかんないけど、わかんないけど
ただ、作品は、一番がっつりとりくんだやつが、
のみこめていない感じになっちゃった。
結構良かったけど、あの、大事なごみらしさ、ぎりぎりさ。
でも、もっと、凝らすことできた。
きっともっと、何かぎりぎりのもの見つめることできた。
形になってなかった、形にする形じゃなくて、その、
ぎりぎりの、そことおってそことおってそことおってそことおらないとたどりつけないところを、見つめて、絶対目そらさないようにして作ることで、ほにゃほにゃのかたちなんだけど、ごみみたいにぺらっぺらなんだけど、すごい、決まってる状態になることって、もっと、できた。能力としてももっとできたはず。過去のほうが。
表面的にほんのちょっとのことで、変わることがいっぱいあって
でも、凝らしきれてなかったから、そこを、ふわふわとしかさわれなかった。
だから、大事な要素はいっぱいあるのに自分が追いついていなさすぎて、最高のところまで動かせていないさくひんになっちゃった。
それが、反省。
われながらおもしろかったとは思うけど、でも、ぎりぎり、おもしろくなかった。
ただ、その断片が、今後の、ヒントには、すごーくなってきている。


あと他の人の制作に対する姿勢ってやっぱり当たり前だけれど皆違って、
美術系の人でしかもペインティング出身の人でも目的や態度や時間がこんなに違って
で、
そういう人人7人で
一緒にいられるように、過ごす21日間、
そこで大きかったのは、おのずと生活
みなちがったな、それで、しかも、「皆凄い性格が良くて」そのせりふすごくて、自分はおいといてほんとにそうだとおもったんだけど
すごさせてもらった、夏の、すごいくだらないすばらしいじかんたち
くだらないことが、意味になる前のことごとが、
神様からのプレゼントみたいに、ほんとにおもしろかった。
あさ「ごみすてにいかなきゃ」がば「俺も行く」てくてく「おはよう、くるかい」「あ、いきます」
それでおじさんが、鹿呼ぶと、鹿が、現れるんだよ、庭に、なんて世界だろう。

あとおばあちゃんおじさんとかとのふれあいもだけど、こどもと話せたこと。
いつか、大人になっていく彼らの変な記憶になったら嬉しいな、と思っています。
あの寺でなんか子供のとき変な若者たちが変なものを作っていたけど、あれはいったい。と。
てらなんかであんなこと、なんであったんだろう。
「むずかしい?」
ってきかれた。むずかしいかもしれないけど、だんだん、かんがえて、だんだん、つくって、またかんがえて、だめだったり、よかったり、するとだんだん、たどりついていくんだよー、だから、むずかしくはないかもしれない。と、私のわけのわからないぶしをそのままひろうしていた
同じ絵今見ても、どんどん、今がなくなって、自分も今とはどんどんかわってっちゃうでしょう、わからないくらい少しずつだけど、皆も、どんどん、大きくなってて、変わっていってるんじゃないかと、思います、で、そういう中で、その時だけしか、同じ風には、同じもの見ても、見えないってこと、同じ物も、どんどん状態は変わること、かんがえて、見えなくなったり見えたりする、光と、時計と、額使って、そういう仕組み作ったんです

顔思い出す。

きついことやじぶんがだめだったり、いろいろだったけれど
おもいかえすとほんとに楽しかったな
もっとあそんでもよかった、あそんでたけど
じぶんは展覧会をちかくに控えて、あそばないようにしたとき、ぴりぴりしたとき、すごい、あったから
もったいなかったな
それは、あとから振り返っての感想で
そういうふうにしかやれないというのもあるかもしれないけど。
なにはともあれ人を大好きなっちゃったのが、大きかったです、友達ができた、嬉しいことです。


はなしもどそう






新しいバイト、自分は疲れちゃってねむうくなってるときと、あ、今飽きたなあ、と感じたときと、トイレ行きたいとき以外は、
からだきつくても、あせかいても、おこられても、くちまわらなくなっちゃっても、ミスっても、くらいとかいわれても
たのしいです。
体使い切る感じが楽しいし、あせかくのもおもしろいし、おこられると有難いし、人への驚きでおもしろいし、皆いろいろないい人ばかりだし、口が回るときと回らないときのコンディションの違いが興味深いし、ミスしたときの自分のその頭の回り方のどうしてそうなったかというと脳みそがそうなっちゃったとしかいえないミスのおもしろさ、けどそれはあとでへこむけど、おもしろさ、くらいとかあかるいとかそういう概念も久々に投入されて、おもしろい。色々びっくりする。いい人も沢山。皆大人だなあというのと、ああ、全体的に小学校のときみたいだなあ、小学校のときのクラスみたいに色んな人がいる、というのと、混ざる。たのしい。
皆大人だから、皆大人としての自分を見せてくださってて、
逆に、だからか、さいしょ、すごい、その人が子供だったときの姿が、透けて見えるような、そう見たいからそう見えるような、感じで、
もう、今は段々と
その人のその人の今の状態として、見えてきたけど。



でも
多分、楽しいつらくても楽しい、わーおもしろ、めずらし、びっくりするわあ、と思えているのは
んー作家としてやっている、部分がゆらぎながらもしっかりとあるからの、気持ち、もかなりあるきもする。
ハンガーのそっち向きなのの頭だけをこっちに向ける作業とか、体から魂抜けそうでやばさが超たのしかった。
でも、これがすべてだったら、たいへんだなあ、どうするんだろう。など。
いや、それは、私がかなりの、向いてなさみたいなのを多分もってしまっているから、
これがすべてだったら、たいへんだなあ、なんだけど。
多分、頑張れば頑張るほど、誇りを持って仕事できる環境は整えられている職場だから
それがすべてでも、決めたら、すっごい、突き詰めまくりがいのある、やれるいい仕事だと思う。
ただ、いま、じぶんが、ああ楽しいたのしいおもしろいおもしろいとおもえているのは
ある程度、のめりこんでいないから、つらさを、きりはなせるというのもあるんだろう


面接&研修日、この企業は世界一を目指すんだ、といわれて、
わあ、そんなの、自分個人では思いつきもしない目標だ
とびっくりする
最高のものを探し続けよう、とは思うけど
世界一になりたいなんて、思いもしない
意識として、全体でそういうのを掲げておくのは多分凄い効くんだと思うけど。
個人として、ふしぎやなあ、自分には思いつきもしない、おもしろい、だから、すごい、はいれてよかったバイトです。

大きいこえ出さなきゃいけないのもほほえまなきゃいけないのも、凄くおもしろいです。
できるかどうかぎりぎりだし、声も顔も、自分の主体の範囲をこえてっちゃって、
基準は外にあって、自分ではわかんないから、こわくて、たのしい。



まあ
ぜんぶこわくてたのしい
自分はまだアーティストでもなんでもない、
絵を描いたり、物を作ったり、空間作ったり、考えたり、バイトしたり、家事したり、恋したり、話したり、体操したり、音楽聴いたり、バイオリン弾いたり、思い出したり忘れたり、色んなことしてるだけの人。
だからできるだけいろんなこと、もっと
ぎゅっと、ひとつひとつ、つめて、ばらして、つめて、いきたいな。
責任を、どんどん、もって、いきたいな。

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麹ともち米と白米から甘酒が作られてく最中に色々する日をすごして
乾いた豆を戻して煮るのがすごくすきなの、思い出して
こういう、
自分の時系列と別のものが時間を同時進行に別のものとして時間流れている状態、しかも、自分の能動と、みせかけて、かってにそのものがなってくれる、自分と別の能動が、空間にずっとあることが、すごいすきなんだときづいた。
それはたぶん
同じ部屋で別々に本読んだり絵描いたり勉強したりして遊んでいるんだけど、たまにお茶入れて休憩したり話したり神経衰弱したりして、でまたそれぞれの仕事に戻ってくっていうのへのあこがれ、それがあるゆえの、すきさ。

早くそういう楽しい日々が訪れないかなあ、凄い簡単なことなようで、何故か実現が難しいことに驚いている、なぜだろう、大体、やりたいことは本当に望めばかなうはずなんだけれど、とはいえ原発はとまらないし、そういうとこで、分断があるのも、それだけじゃないけど結構関係している、放射能があることを認めるとかなりやりたいことと現実に分断がある、で、わりと、生活環境に放射能があるようになっちゃったのを認めているから、どこに住むかなども考えてしまったり考えられなくなってしまったりもするんだなあ、
放射能のことについて思うことはかきたいことあるけど、ながすぎだからまた、こんどかきます


あ、八月にも展覧会決まりました
おもしろいなあって思っていた先輩たちが、偶然一緒の開催なので嬉しいです、
ファンです、みたいになっちゃった。じっさいファンだけれど。
新しく出会う人もいるし。とてもありがたい、うれしいです
また後日しっかり告知します。
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