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かたちにならないまますぎていくことがあるね

2017.3.7 晴時々太陽が隠れる、さむめ
朝絶対早起きをする、なぜなら、9時には近所のコミセンの音楽室を取って、練習をするから、と思っていて、結局起きたのは8時45分くらいだった。着替えたりの不透明な時間を過ごしているといつのまにか9時15分になっていて「?」と思っていると、コミセン開くの9時30からだったし…さむかった…とかなしみながら、時間情報を入手した人が入室してくる。それはごめんね、とそこそこにあやまって、張り切って取るものとりあえずと言う感じで楽器を持って、練習に出かける。
半年ぶりくらい、ひさしぶりに楽器を触ってめちゃめちゃなまっていてまず全然調弦ができないが、曲を合わせててきとうに弾いてみたら、よくわからないけれど自分の中のテキトウにする上での何かが、楽器に触っていない間、生きたり、聞いたり、暮らしている間に育っていたかんじがして、なんか、はまる音が即わかる、そこで起こることは予知っぽい?感じがして弾いている事がたぶん、以前より、とっても楽しかった。天性のリズム感のなさをどうしよう、というのはある。(翌々日「この人は音は分かるけど、リズム感と経験がない」と、ずいぶん大事なものが欠けているねと笑ってしまう紹介をされた)

11時15分にきりあげて、知る人ぞ知るみたいな、刺身定食800円を食べに行く。お腹ぱんぱん。刺身の量が凄いのは凄いけれどそれよりもだいこん、なっぱ、ちくわ?あぶらげ、ごった煮みたいなバッサリとしたみそ汁が自分としては凄くおいしかった。
食べている間流れていたテレビのニュース、元交際相手の息子8歳を暴行してその子供が重体になってしまって今も寝たきり、タクシーが西新宿のホテル前でアクセルとブレーキを踏み間違えて4人怪我。

食べ終わって茶も飲んで満腹、外に出たら晴れていたのが凄く気持ち良くて、なんか晴れていてきもちいい〜と言うと、「ぼくタバコすわないけどこういう時タバコ吸ったらきもちいいんだろうな」と言っていて、とてもわかるきもちだった、吸わない煙草を、私は頭の中で、吸った。彼もある意味ではその瞬間そうだった。

ローソンでコーヒーを買って帰る道すがらも、
寒いが寒すぎず、ぽつぽつと木から花が咲いていて「はるっぽい」といってよろこぶ。
それを、かれは、「え?     ?」と、空耳していて、聞き返していた、何と言っていたかは、忘れた。


帰宅してためらいなく一人ひるね。ゼルダを彼はやっている。洗濯も干していた、えらい。
私が起きて色々している間、彼はひるねをしていた。私は乾いていた洗濯をたたむと言うことを洗濯を干してもらってる間に眠るということの引き換えとして言っていたのに、ぼやぼやしてしまって、できなかった。

夕方から、赤木遥さんの写真展のオープニングにでかけた。

見る順番が逆になったと思うんだけど、挨拶文を最後に読んだら涙がバーバー出てしまって、出て行って隠れて泣いていたら、探し当てられて、やっぱり泣いている、と言われた。
隠れている時に探し当ててもらえる事。
というきもちにもなった。
ただ、
それよりも、それよりもそのときは、
見るということだな。というきもち、
生きていると言う事、見ると言う事
というきもちが、新宿の夜景というには具体的すぎる近くの色々な電光掲示板、看板、車、ビルの窓、それらの光をけして絵に描けないと言う事、絵に描くのに向いていないできごとだということ、というより、絵にしても意味がない事、
というきもちと、合わさりながら、鼻をかむので、と歩き進んで、泣いて、鼻をかんでいた。

こうして書き残す、ある意味では形にしていること、
それが、とりこぼしていくことがある、もちろんある
形にしなくてもとりこぼしてくこと、
かたちにすること、かたちにすることを、私たちは、
私の周りの私たちは、
残すと言う形にかかわらず、
かたちにしていっているけれど。
作品とか。展示とか。恋とか
恋とかもある意味では形、もう用意されているような、ところもある、形にきもちをあてはめていることが、普通にあるのではないか。だれかがcharaのタイムマシーンのMVでは若いときの浅野忠信が既に別れた恋人のように登場していて混乱するが、恋というのはそういう性質を持ったある意味シュミラークルなものなのかもしれないと、言っていた。

かたちにならないまますぎていくことがあるね。
「心の中にあることと、実際のことっていうのがあるのが、不思議だと思った」
と、三年越しの旅の続きの音楽を聴いたあとで、心の中のことを話としてを聞いた後に自分が言った、その次の次の日の朝、寝ながら布団の中で、思った。かたちにならないまますぎていくことがあるね。思ったというより、寝ていたので言うような気持ちで思った。

色んなことに既に形があるけれど、
伝えなかったがあったと聞いた心の中、
3年越しのもう一度の旅、
何が何と言わないような音楽、
見ることだな、と思って、新宿の夜の光を見て隠れていて、かたちにならないまま過ぎていくことがあった。
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