FC2ブログ

なってるのとなりあってる噴出しあってる

切られてアルミホイルに包まれたさつまいもがトースターで焼ける間の時間

黒いタイツと長袖とパンツとブラとワンピースに包まれた私が
洗濯をたたみ、それで、新しく洗濯機にセットして、久しぶりに湯川潮音聞いてみようと思って、CDセットして、ゴミ箱にファブリーズしたりしてる間の時間



主体的動作は、本当はどこに主体があるのか
本当は全部が、される にくるまれているかも
さつまいもの 焼かれる みたいに
焼かされたり、たたまされたり、思わされたり、CDセットさせられたり、ファブリーズさせられたり
それら自ら してる って思ってるだけかもしれない。

けど

私がさつまいもを焼く動作しているけれど
さつまいもが、やこく、黄色く、ほくほくにたまにかりっとしたとこあるように、なるのは、
そのメタモルフォーゼは
私がしているんじゃなくって、さつまいもが、なってる。
そこに主体があるような
私がする(させられる)効き目と、
私がすることの力の及ばない次元を、さつまいも自らが通過してのち

私が食べる/さつまいもが食べられる

その時、
私が食べる、ということすることが、もしもさせられてるのだとしても
おいしい!ってなってる私は、
してる、なってる。何にも、めっちゃ強くて無くすことのできない時間や重力や生まれたら死ぬ仕組みなどにされてるすべてにも、侵されたりはしない、 する が、きっと、確実に、その時、ある。








そういうことが、私が、絵を描く、を生きてる時間の中で する理由のうちの一つというか
そういうのがあるからもうどうなっちゃってもやっていけるようなかんじがする。


スポンサーサイト

Comment

Comment Form
公開設定

Trackback


→ この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)