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コンニャク

私が大学生の一人暮らしの時に買わなかったけれど、今買うようになった物は、なんでしょう、というクイズの、コンニャク、という答えに正解したのもすごいし、そもそも参加してくれたのもすごい。



最近は、こんにゃくをなんだか身体が求めていて、よく買うんだけれど、
昔は絶対買わなかった、
だって0カロリーだし
食べる意味がない。


わたしは、意味じゃないものに、耐えられるようになったのかもしれない。

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最近、2月の頭、
飴屋法水さんの、「自作自演」を見たくて、見て
じ め ん(2011年)
の再演部分で

2054年、ぼくは、54歳です
ここ、
見えますか、
ここに昔、日本と言う国がありました
今はもう、ありません
なぜなら、
そこは、
夢の島だったからです


2011年の「じ め ん」を見た時抱いていた、抱き続けていた
身を切り続けなきゃいけないような気持ちを思い出した。
隣のしらない女の子は、泣いてるようだった。
私もひとつ泣いた

あの当時と比べると、私は、本当に色んなことが平気になったというか、
本当に、
気楽な気持ちすぎて、
それは、ひとりぐらしもあるんだけれど、
こんな気楽な気持ちで生きてもいいってことを、どうして知らなかったのか、というような驚きの、日々を送っていて。

本当は状況は継続していて、むしろもっとわるくなっている、思っていた私の安全な世界は、大学っていう天国が終わると同時に大きい地震が起きて、原発がメルトダウンして、消えた
消えたというより
本当は見えていなかったものが現れた。

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こんにゃく買わなかった時期は、
多分2011年もそんな感じで
人生が、意味深いもの、意味に満ちていなければ耐えられなかったんだけど、

今は、意味ではない物に満ちていることに因って、
ただ、満ちていることが可能で
なんか、それだけじゃなくいれるようになったのかもしれない。

形になりきらない、ただの、歩きの最中の、ステップみたいな、ああ、いいね、今の、みたいな、そういうものも
本筋だと
本気で、言ったり
満ちていて、どうなることも、大丈夫だ。




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というのを一昨日当たりに書いたのだが、
今朝は、どういうつもりでそんな気持ちだったのか、とても思い出せない、と言うような、深刻な気持ちになんだかなっていて、くっるし、ああ、でも、本当は私のプレーンはこっちで、それを、ごまかしたりしたら、嘘になってっちゃうから、このきもちを、胃をいためながら、誰に承認されることも待とうとしないで、ただ、やるしか、ないんじゃないかな、とか、思っていたんだけれど、
バイトが終わって昼が過ぎてこうして今は
なんだかまた、平気なようなやわらかいようなきもちがまた違う形で、きているから、
もっと、こまめに、ブログとか、書いておこうかな、と、思いました。
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