ラーメン食べてニコニコしたいな

夏になってきて急激に物事の緊張感がたかまっていくのを感じています。
忙しいと言うより、たくさんある、と言う感じです。
ちょっと前までドンキーコング(スーファミ)に執心していたのですが、そんな場合ではない、
というより、制作などがもっと面白くなってきたので、ドンキーはやらなくてもよくなりました。

ドンキーコングの良さを、最近あうひとあうひとに語っていたのですが
まずよさのうちにひとつは、
どんなに面がすすんでも、ドンキーは何一つレベルアップしないという点にあります。
ただ自分が変化する以外に方法がない。
しかも、どうしても、一度も抜けれなかった面も、一度クリアすると、なぜか普通に通り抜けられるようになる。


また、そこには死ぬたびに反復があります。

”「リセットできる」という価値観”
みたいな、ゲーム世代への否定的な見方ってありますが、
「リセットできる」と言うよりも、
何度も何度も、次へ進めなければ、セーブできなければ「リセットされてしまう」、
しんでもしんでも、反復しなければいけない
それでも、やるしかない、みたいな、価値観は
逆に強靭なんじゃないか?

みたいなことを思いました。
ただのドンキーコングの話です。
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