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カムヒアとヒアユア

昨日付けでトーキョーワンダーシードの展示が終わりました。
お越し下さった方々、本当に、本当にありがとうございます。
また、六本木のShonandaiMYgallery で展示中のグループ展も無事オープニングを迎えることができました。
お越し下さった方々ありがとうございます。
こちらは3月3日まで開催中です。
人々がそれぞれの時間を生きて生活している中で
こういう、なにかがあって、それで、そこに実際にきて頂けるって言うのは
すっっっっっっごい、有り難さ、恐れ多さですなあ、
っていうのを、今更ながら、本当に、ここ最近は。
思います。
だから、楽しませたい、みたいな、きもちが、ありますなあ、
それは、自分の、これから、考えていくこと。どういうの、やりたいのか。
どういうこと、やりたいのか。
どこでとか、だれととか、だれにたいしてとか。
生きていく方法についても。

まあなど、イベントなどがあって
それにかぶさる形で訪れさせていた締め切りもなんとか、昨日、切り抜け
(すっっごい死ぬ思いで苦労した、それは、頭の悪さと、整理の悪さ。頭悪いと面倒くさいんだ、って思った。英語、勉強します)
など、切り抜け、
そしたら、
うわ、こんな感覚、あるんだ…と思った
自由がカムヒア
もう、どうしたいかは、自分次第、何も、強いられてはいない、とみなせる、これからやることは、やりたいことでありうる、まだ、それが今は0だから、どこまでも、ひろがっているなあ。
まけんぎとかじゃないとこで
本当の望みが、本当の喜びが、本当の悲しみが、わかったらいいなあ
そこに向かっていきたいなあ、とか自由、なきもち、の手始めに
久しぶりに、お風呂で本読んだり遊んだ。
体を洗う以外の風呂。
手で水鉄砲とかしたんだけれど、それは、別に手で水鉄砲し始めようと思ってし始めたわけではなくって
そうそう、そのコップを持つときは脳がまず命令してコップを持つ運動が起こっているんではなくて
コップを持つことの方が脳からの命令より先にあるって、いう、話を、
本に書いてある話を
この間スタバで聞く&話すで思い出したこと、を思い出しながら、水鉄砲していた。お湯鉄砲か。していた。


ーー
オープニング&次の日は色々な人に会えて、話せなかったり話せたりして、よかったです。
なんか、皆、私の友達は、気前がいいというか、
世界にどんどん自分を明け渡していくというか、
二日間で、色んな、水のような動きを見て、感動した。


油彩と、インスタレーションなど、
やっぱ両方違うから、両方やりたくて、
両方色んな評判や実感があります。


(ただ、いい絵に、触れて、ああ、私は画家じゃないんだ…って、ショックみたいに思うことって、ある。)


最近は展示に向けて油絵ばっかりかいていて、つめていて、
だけど、本当は、方法的には
インスタレーションとかもやりながらそっちもやりながら、が
調子いいな…って、なんとなく思っていて、やってみたり、しても、
でも、すぐできなくなっちゃうんだけど(どっちかの時期になってしまう)

そしたら見つけた卒制制作時の画像が、笑えた、前のにっきにもかいてたけど、いい時期。
石膏室2





100号と木の板の存在がもはや並列
でも実際そういう認識と言うか
その、地面に対して立体であって平面である構造が、認識として、あって、実際に存在さして
それが私にその絵を描かせたし、インスタレーションも作らせたなあ
など。

DSC_1539.jpg



これとかティッシュに描いてるし、笑えた、でも、切実。
2010ティッシュ

2010ティッシュ2

2010ティッシュ3

こんなやつめっちゃ沢山あって、切実すぎて強迫観念的だが、軽やかな気持ちでやっていたとおもわれる
あっちとこっちが二つに分かれるから、ティッシュ、いっす


2010プレアデス12HP


全体として。こういう感じで。
いけたらいいすな。ちょっと感覚としては思った。
なので
まだまだ二兎追います、何匹かのうさぎ、赤い目側から見える風景は、自分の目が見れる風景とは、やっぱ違うと思うので。
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ブログをかくぞってなると、あれもこれも、と思って、つめこみすぎてしまうか、表面だけポワッとなでた文章になってしまうようなかんじ。が最近あります。

今日はまた、とても個人的な気持ちが、一段階変わったような感覚があった日でした。

冬の始まりから考えていたのが
選択をしたらもうそれで、オッケーというような
絶対の安心みたいなものは全くないなあということ。
あると思っていたけれど、ないんだな、という実感を自分の気持ちの上でもった。
何も言い切る事は出来ない。
それゆえ自分の決意なんてなんにも言えなくなりそう。
しかし、だからこそ、言っていかなければいけない。細かく。

みたいなこと。